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标题: [分享]城の立地 [打印本页]

作者: 宗信    时间: 2005-3-28 11:26     标题: [分享]城の立地

城の立地
古来から城郭は、町やそこに住む人・財産、周辺の耕作地・港湾施設などを外敵から守るための防衛拠点として成立してきた。人間が定住生活を営むようになった縄文後期~弥生時代には集落全体を環濠で囲み身分制の発達と共に領主の館をより厳重に防御する設備が発展した。武家社会の成立期となると、他勢力との抗争を主眼として領主居館は一層の巨大化・要塞化を為す。これが城である。当然、城をつくる場所は守りやすく攻めにくい事を基準として選ばれ、その風土や城主ごとに独自の改良が加えられてきた。城の立地に関して主な類型を挙げると以下の三形式に分類される。


城的布局

古时候的城郭,是为了保护住在城市的的人·财产,周边的耕地・港湾设施等不受外敌的危害的防卫据点建立的。
人类过定居生活的绳文后期~弥生时代,已经发展到了有环濠(类似护城河)围着拥有高贵身份的领主邸宅的以及整个村落的防御体系了。
到了武家社会的成立期,一些大的领主为了与其他势力的抗争,进一步的把这个防御体系巨大化·要塞化。这个便是最早的城。
当然,城池的建立最基本的标准应该是建立在一个易守难攻的地方,再加上城主依据不同的地形进行改良。
有关城的布局依据地形的不同主要有以下三种形式分类。
山城(やまじろ)武士の抗争が激しくなる鎌倉時代末期~戦国時代に用いられた形式。平時においては平野部の居館で生活する武士が、合戦時のみ険しい山間部に篭って敵と戦った。このための拠点が山城であり、戦闘時の「詰めの城」とした用い方である。ただし、戦乱が激しくなる戦国時代には平時から山城を居館とする城主も出現した。戦闘性能を重視する戦乱期の城郭形態である。★主な山城…七尾城(石川県)・岩殿山城(山梨県)・小谷城(滋賀県)など

山城


在武士争斗非常激烈的镰仓时代末期到战国时代,山城是应用比较多的城池形式。
平时武士在建立于平原的宅邸生活,而交战的时候就在危险的山腰作战,把山城作为战斗的据点,作为战斗时的「最后关头的城」来使用的。
但是,到了战乱变得更为激烈的战国时代,渐渐出现了一些把山城作为自己宅邸的领主。
这是在战乱期重视战斗性能的城郭形态。


★     主要的山城…七尾城(石川县)·岩殿山城(山梨县)·小谷城(滋贺县)等。






平城(ひらじろ)大昔からある城の形態で、平野部のひらけた土地につくられた城郭。領主の居館を要塞化させたものと考えればよい。平野部にあるため城下町・耕作地を拡張することが容易であり産業・文化の発展が著しい大都市を形成できるが、防衛施設としての性能を維持するためには様々な工夫が必要である。江戸時代に入り太平の世になると山城がすたれ、近世城郭として領国経営の政庁となる平城が一般的となる。★主な平城…江戸城(東京都)・松本城(長野県)・二条城(京都府)など



平城


从太古就开始已有的城的形态,就是指用平原上开垦土地的土建造成的城郭。
只需要考虑如何使领主的宅邸要塞化的就行了。
为了使平原的城下町·耕种地的扩大以及产业

·文化的能够更容易发展从而变成繁华的城市。
不得不需要利用各种防卫设施的来维护安全。
在江户时代的太平时期,山城这种以战斗形式为主的城池渐渐衰落了,作为在领地内方便经营和政府机关方便管理的平城渐渐的开始兴起起来。

主要的平城有…江户城(东京都)·松本城(长野县)·二条城(京都府)等





平山城(ひらやまじろ)戦国の争乱から統一政権成立の過程において成立した城郭形態。すなわち、小勢力が乱立し抗争を繰り広げた時期が終わり、大大名による集約統治が行なわれるようになった事により戦時の拠点となる山城・平時の城下町支配の中心となる平城、その両方の性格を併せ持った城が建設されるようになったのである。これが平山城で、平野部に独立した小高い丘陵を丸ごと城郭として取りこんでいる。★主な平山城…小田原城(神奈川県)・安土城(滋賀県)・姫路城(兵庫県)など

平山城
是在战国纷争时统一政权成立的过程中成立了的城郭形态。
当时,小势力之间的争斗已经结束了,大诸侯的政权统治被“战斗时据点在山城,和平时据点在平城”的问题所困扰着,这就要求大名要根据两者共有的优点和特性来建设需要的城池。
这种建立在独立的略微高的丘陵上的城池又取代了建立在平原上的平城。
★主要的平山城…小田原城(神奈川县)·安土城(滋贺县)·姬路城(兵库县)等




以上が一般に分類される城郭の立地における形態であるが、以下のような特殊例もある。


以上是普通分类的城郭的布局的形态,不过,也有象以下一样的特殊例子。水城(みずじろ)主に平城の一形態であるが、海・湖・川などに隣接しこの水利を水濠として取りこんでいる場合の特別分類である。海面・湖面を背にしているため、敵に面する地域は半分で済み、水運を利用した輸送・連絡を容易にした独特の性能を有している。外見はさながら水に浮かぶような優美な印象を与えると同時に敵軍に対する心理効果も狙ったものである。★主な水城…小浜城(福井県)・高島城(長野県)・高松城(香川県)など

水城

主要是平城的一种形态,不过,是把海·湖·河等邻接作为水濠来利用的特别类型城池。

因为把海面·湖面做为脊背,面向敌人的地域自然就少了一半,还可以更容易的利用水运的运输·联络的独特性能。



外表看上去宛如一幅由水构成的优美画像,这对敌军的心理效果也是有很大影响的。


★主要的水城…小滨城(福井县)·高岛城(长野县)·高松城(香川县)等


稜堡式城郭(りょうほしきじょうかく)立地による分類とはやや異なるが、ここに記載しておく。ヨーロッパで発展し、江戸時代末期に日本で取り入れられた築城法。近代に入り、火砲による戦闘が主流になると築城方法に変化が現れる。すなわち敵の攻撃目標となるような高層建築物を廃し、高い土塁と堀によって防御する城郭形態である。城からの応戦も火砲によるものとなるため、土塁には大砲用の砲座を設け大砲や弾薬の移動がしやすい平坦な構造となっている。★主な稜堡式城郭…函館五稜郭(北海道)・江戸湾台場群(東京都)・龍岡城(長野県)など


稜堡式城郭


自身布局的分类已经和现在有了差异,不过,在这里预先记载着。

欧洲发展时期,是属于在江户时代末期日本抄袭的筑城法。

进入近代,由于火炮的战斗成为主流,使筑城方法也相应的出现了变化。

高层建筑物作为敌人攻击的首要目标已经被废弃,而出现填加城墙高度宽度使它成为强大的城池防御形态。 

这种平坦构造防御形态的出现,为的就是自城应战时方便设置大炮的炮座,以及方便移动大炮和弹药而做的。

★主要的棱堡式城郭…函馆五棱城郭(北海道)·江户湾台场群(东京都)·龙冈城(长野县)


这篇是豪殿以前给在下的文章,现在拿出来和大家分享,原文写的不错,可是我翻译的不是很好,希望大家指出缺点,我会努力改正的。这样的分段翻译一是看起来明了,二是大家对照的看有助于自己翻译的提高,我用心良苦啊。(另外这个是不是不算策论吗?!)


みんなと私は叫ぶ:“反逆するには理がある!!ハッハッ~~冗談を言って引き延ばす。”

[em04]

[此贴子已经被作者于2005-3-28 11:39:33编辑过]


作者: 真田豪    时间: 2005-3-28 12:48

嗯,宗信就努力把我给你的那篇译好吧,那个日文网站上关于城池有着很详尽的介绍,开始我是准备自己弄的,但后来兴趣转向弄古京系列了~~~~

这篇弄好不仅可以算策论,更可以放上主页并申报战孟五月检地~~~~~但就目前我大致看了一下的情形来看(我中午时间实在太紧张),似乎在翻译后组织文字上方面还有改进的余地(不仅要力求准确,也应该尽可能的力求通顺和有文才,尽可能的符合中文的阅读与审美习惯)~~~~~

比如:“因为把海面·湖面做为脊背,面向敌人的地域自然就少了一半,”~~~``似乎改为“因为背靠海面或湖面,受敌面自然就少了一半,”会比较好一些~~~~自然,我不懂日语,只是提一些意见而已~~~~~`

希望宗信能发挥自己的优势,早日将此日文网站上的内容翻译整理成文,这不仅能使你获得大家的认可与信任,也有利于充实本家的主页内容,实在是一举两得的好事~~~~~`至少多练笔,能写一手通顺精彩的好文章,不会是坏事,虽然我也远远没能达到这一目标,但我希望能与宗信及家中众人一起,为此而努力~~~``
作者: 宗信    时间: 2005-3-28 14:06     标题: Re:[分享]城の立地

殿下は安心する,私は知った。不过你把你不喜欢的给我``````哼哼````私に注意してあなたを殺した。[em01]




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